(5月23日号)「大雪山麓に行ってきた」 
大雪山麓に行ってきました。一行26人で2泊3日の旅でした。大雪山系には雪が残り、麓ではサクラが咲いていました。北海道のサクラはピンクが強いようです。コブシの花も満開でした。田んぼはいっぱいに水が張られて、田植えの真っ最中でした。
強烈な印象を受けたのは望岳台から見た大雪山系の白い雪と、黒い地肌のコントラスト、キトウシ公園の「天守閣」から眺めた東川町の水田地帯の大平野に見事に区画された田んぼ、すべてに水がたたえられて静けさを保っている。
旭岳の麓はまだ1m30くらいの積雪でしたが、ロープウェイの駅裏に池ができていて、大柄の水芭蕉が満開、その向こうにエゾノリュウキンカという黄色い花が咲き誇り、雪の中にこの地点が花の世界を演出している不思議さに打たれました。
農場主とも会って、一夜飲みましたが、積極的で前向きに農業に取り組んできた人はうまくいっています。本州からやってくる農業志望の若者を受け入れて、後継に育てています。彼らと話していると悲観することはないと思いますが、大事なのは彼らと直結する都市の消費者とのネットワークです。
農場では真似ごとのようなものでしたが、アスパラを刈り、トウモロコシのタネを植えました。トウモロコシは1粒ずつ人指し指でグッと押し入れ、コブシで叩いて固めます。夏、収穫すると、自分たちのタネを押しこんだ分(10個)送ってくれます。送料ともで3000円。地元のアグリテック社の代表、井下佳和君が時々写真をとってホームページに掲載してくれるそうです。自分のトウモロコシの成長が見れる仕組みです。
テレビで話題になっている斉藤牧場にも行きました。とれたての牛乳を飲み、試作中の杏仁豆腐を食べました。豆腐ですが牛乳製です。北海道の農業は素材をドカンと送るだけでなく、加工して付加価値を上げていく方向だと思います。これは同行の「土の博士」小祝さんも強調していました。それは補助金に頼らない農業でもあります。このシステムが成功するためには消費者が提案し、応援して購入していくことが必要です。この連携をつくるためにこれから努力したいと思っています。
これからも大雪山麓への旅を続けます。もうすこし長期で、農場にも泊まるという計画で、実施したいと思っています。

テーマ:四方洋のコラム - ジャンル:ブログ

【2006/05/23 Tue 03:54 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
(5月16日号)「ちょいワルオヤジ」 
映画というのは見ると立て続けになるものです。エド・マローを描いた「グッドナイト&グッドラック」、第一次世界大戦のドイツ軍とフランス・スコットランド軍のあるクリスマス休戦を描いた「戦場のマリア」、それにばんえい競馬を舞台にした「雪に願いを」。
いずれも私好みの映画ですが、もっともマスコミがとり上げているのはエド・マローです。マローはアメリカ三大テレビのひとつ、CBSのキャスターですが、冷戦の時代にマッカーシズムと闘ったジャーナリスト。マッカーシーはアメリカの上院議員ですが、冷戦を利用して「共産主義者」と名指ししては、ジャーナリストや映画監督をクビにし、追放していました。これを批判したのがマローの番組です。マローはマッカシーがアメリカの自由と正義を否定するものだとして、番組の中で対抗しています。結局は番組は縮小されますが、マッカーシーも失脚します。ジャーナリストは勝ったのですが、しかし彼はそのあとにくる商業主義に警告を発していました。テレビはそのとおりになっています。視聴率主義、ジャーナリストではなくタレントが画面を支配する時代がきました。日本でも同じ。テレビジャーナリズムでも、報道でもなく、娯楽になった。マローはマッカーシーのあとにくるものの方が、より巨大でより恐い敵だと思っていました。
映画は白黒で、マッカーシー本人の映像も組み込まれています。1950年代のジャズが流れます。いまや映画は白黒のほう がお金はかかるそうですね。
和田のネイチャースクール「わだ学」を終了しました。雨の中の田植えでしたが、冷たくて入れませんでした。水の中はあたたかだったそうですが、素足で入るのをためらいました。
7月15(土)16(日)17(月)は「くじら学」です。パターンは3つ、15〜16日の組、16〜17日の組、15〜17日の組です。ぜひ申し込んでください。公開講座の講師は太地町(たいち)くじら博物館の前館長さんです。太地のくじらは和田とはちがい、湾内に追い込んでつかまえるそうです。ビデオを手に入れて、皆さんにお見せしたいと思っております。
和田の支所長のカマちゃんは冗談をいって人ともすぐ仲よくなって、イベントにも気軽に参加して、とても役場の職員と思えない人ですが、私が「和田のちょいワルオヤジ」と紹介したら受けましたね。ちょいワルオヤジは「LEON」(男性月刊誌)の表紙を飾っているイタリア男パンツェッタ・ジローラモがモデル、すぐ女性に声をかけて、モテることにエネルギーを使うが、実は愛妻家で子ぼんのう。先日「LEON」を開いて、その重量感にびっくりしました。昔の婦人雑誌のようです。主婦と生活社が版元ですから、女性向けを男性向けに化けさせたのがこの雑誌なのでしょう。ちょいワルオヤジ、70歳では資格なしですかねぇ?気持ちだけでもちょいワルオヤジでありたい。

テーマ:四方洋のコラム - ジャンル:ブログ

【2006/05/16 Tue 03:53 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
(5月9日号)「グッド・ルーザー」 
ゴールデンウィークも早く過ぎましたね。9日間なにをやったのか、まとまったことはありません。人が出るときは避ける主義ですから。かといって本を読んだり、原稿を書いたか、それほど進んでいません。散歩を徹底した形跡もなし。休日ってこんなもんですかね。
本では沢木耕太郎さんの「危機の宰相」を読みました。池田勇人元首相と池田さんのブレーン、下村治、池田さんの後援会であった宏池会事務局長の田村敏雄、この3人を描いています。3人は所得倍増の理論と政策の推進役でした。沢木さんはグッド・ルーザーという言葉を使っています。吉田茂元首相がサンフランシスコの講和会議で使った言葉ですが、よき敗者といたらいいのでしょうか。3人は確かに敗者だった時期がありますが、最後は日本を間違いない方向に進めた功労者だった。経済成長については格差を広げたとか、過密過疎をつくったとかの批判がありますが、世界でも珍しく豊かな国に導いたことは確かです。敗戦後の貧しさを知っている私たちの世代には、この軌跡は充実感のあるもので した。幸せ感を与えてくれました。これは否定できないと思います。3人は確信をもってこの道を進めたことが沢木さんの豊富な引用で読めてきます。
ゴールデンウイークの最終日は大相撲の初日を見に行きました。幕内で伸びそうなのはバルト(把瑠都)ですね。あっというまに大関までいきそうです。この予想は当たります。
アイフルが業務停止になったりワンルームマンションの大手が暴力団と組んでいたり、よくテレビコマーシャルに出てくる企業の行儀が悪いですね。こういうときコマーシャルをジャンジャン流したテレビ局や代理店の責任はないのですか。「どうするアイフル」なんてやっていたのはテレビ局で、このコマーシャルの被害にあった人は多いと思うのですが。キャスターがシラッとしてアイフル批判をしていますが、企業を悪く言うならあんたの番組も、あのコマーシャルで成り立っていたのではないかといいたいですね。そこの反省がまったくないのは気になります。

テーマ:四方洋のコラム - ジャンル:ブログ

【2006/05/09 Tue 03:52 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
(5月2日号)「米沢藩・上杉治憲(鷹山)の改革」 
ゴールデンウイークに突入しました。新宿に出かけましたが、人は多いですね。昔は東京が空いたものですが、むしろ東京見物にくる人が多い。表参道ヒルズとか、いつきても新しい場所がありますもんね。新宿駅でも「サザンクロス口」が新しくできました。まだ利用者は少ないようですが、線路をまたいだ人工地盤が完成すると、緑地帯ができ散策する人がふえるでしょう。
米沢に行ってきました。東京から近いですね。もっとも東京寄りの山形県です。福島をすぎるとあっという間です。日帰りで行ってきました。「ぺるそーな」連載の取材です。明治時代から続いている地域新聞「米沢新聞」を訪ねました。
ここは上杉の城下町で、山形市とは藩意識で対抗しています。山形新聞という県紙に対して、日刊で競っています。米沢藩のエリアは米沢市を含め置賜(おきたま)地区といいます。全部合併すれば人口20万ほどになり、米沢市の2倍余りになるのですが、話は進みません。周辺の町村では「米沢とはいっしょにならない」と根強い反対があるそうです。なぜ なら城下町である米沢に税をしぼりとられた恨みがいまも残っているから。
米沢藩は上杉治憲の改革が有名ですが、実は農民から可能なかぎり米を出させて成しとげた改革だった。帰り、藤沢周平の「漆の実のみのる国」(上下・文春文庫)を読みました。この小説には当時の米沢藩の実情が描かれています。絶望的な藩財政の窮乏が延々と続き、重臣たちが切腹させられたり、自ら辞任したり、藩主の治憲自身も「投げ出したい」と思う状況。彼は37歳で隠居しますが。ほとほと疲れたのが本音だったでしょう。農民はもっときつかったと思いますが、その恨みがまだ城下町にむけられているとは。しかし治憲(鷹山・ようざん)は民のことを思う殿様だったことは確かで、藤沢周平も否定はしていません。一汁一菜、木綿の衣服が彼の生活スタイルでした。村々をまわって、生活の様子をたずねてまわり、そのことが「殿様らしくない」と重臣の不評を買ったようです。殿様はでんと構えて「よきにはからえ」といっているのがよかったのでしょう。名君にもウラがあると小説は教えています。

テーマ:四方洋のコラム - ジャンル:ブログ

【2006/05/02 Tue 03:51 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
| HOME |