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最近、二回ほど都営荒川線に乗りました。「三ノ輪」から「早稲田」まで走っています。先日は「町屋駅前」から「荒川二丁目」、「荒川二丁目」あら「鬼子母神前」まで。「町屋駅前」などは20人ほどの行列ができます。平日の9時45分ごろでした。ラッシュアワーではありません。車内は座席が満杯、立っている人が10人ほどいました。盛況といっていいでしょう。料金はどれだけ乗っても160円です。昔はチンチン電車といいました。発車のとき「チン、チン」と車掌さんが合図するからですが、今も健在です。ただしワンマンですから、音は飾りです。「鬼子母神前」まで行ったのはおそば屋さんが目当てでした。江戸ソバリエの人たちから「和邑」(わむら)というおそば屋さんのことをきいたからです。こじんまりした店で、ご主人が一心不乱にそばを打っていました。夫婦2人で甲斐甲斐しく働いています。ざる1,000円也を食べましたがソバリエの人たちは夜飲みにきているようです。「和邑」から目白駅まで歩きました。学習院の脇を通って駅に着いたら「生そば」の看板が目についたのでのぞいたのですが、手打ちではありませんでした。「生そば」の名前に幻惑されましたね。同時に「タイ焼き100円」の看板にも魅かれましたが、なぜか休業でした。
1ヵ月ほど前になりますが「バルトの楽園」を見ました。松平建扮する捕虜収容 所長は会津人です。大正期会津人が軍部で出世するのはいくつかの壁があったでしょう。ドイツ捕虜を寛大に扱ったのは会津人だったからかもしれません。軍の反主流だったから敵国人にやさしくできた。ただし武士道は藤原正彦さんがいうように紳士の道である。騎士道に通じ、弱い人への同情は基本です。所長は武士道を実践した、といえます。ちなみに、バルトはドイツ語で「ひげ」の意味です。所長は立派なひげをはやしていました。 もう1本日本記者クラブの試写で「カポーティ」を見ました。作家トルーマン・カポーティの最終作にまつわるストーリーを描いたのですが、取材を徹底させるとはどいうことか、考えさせられました。相手が家族4人を惨殺した死刑囚の場合、とことんぎりぎりの取材をすることがどうなるのか。取材は徹底させようとすると、相手の身に自分をおき代えるほど心を同化させなければならない。カポーティは「冷血」という大傑作を完成させますが、そのあと小説を書けなくなり、間もなく死にます。取材する回数だけは多い私にとっても他人事ではない話です。 ネイチャースクール「くじら学」が終わり、9月16日(土)〜17日(日)「実りの和田学」をテーマに開催します。どうぞスケジュールに入れて下さい。 |
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