(9月26日号)「人生の店じまい」 
新そばの季節です。東京そばの会を10月15日(日)16:00〜開きます。打ち手は恵比寿「慈玄(じげん)」のご主人です。「慈玄」は小じんまりした、目立たない裏通りの店ですが、そばはしっかりと打ちます。日曜日ですから、ご家族づれでお出で下さい。場所はJR「浜松町」、都営地下鉄線「大門」下車です。浜松町は北口におりて右に歩くと約7分、「弥生会館」です。食べる場所で打ってもらう形になります。
合田(ごうだ)義治さんが亡くなったと夫人から手紙をもらいました。亡くなったのが6月29日、2ヶ月余りたっていました。本人の希望でまったくの身内だけで見送り、合田家の墓におさまったそうです。元気だったのに、医師から「3ヶ月の命と」と宣告されたとか。ガンでしたが、その間に身辺の書類、写真など大半を処分、さっぱりして逝ったといいます。享年80歳。知らせをきいて、京都へ行った足で、大阪まで足を伸ばし、夫人に会ってきました。「私は合田の家来でした」とおっしゃっていました。合田さんは海軍から戻ってきて、建築会社をつくり、年々売上を伸ばしていました。バブル崩壊で、会社は更正法の適用を受け、彼は追われましたが、東京へくると豪快に飲んでいました。私のようなマスコミ人とつきあうのが好きでした。桐島洋子さんや小沢澄子さん、池田理代子さ んなどいっしょのことがありましたが、「キズ者の会」といっていました。当時、バツイチなんて言葉はありませんでしたから、離婚経験者をそう表現していました。
斉藤鴻兵衛(さいとうこうべえ)さんが存命で、私と合わせて3人で浪人党をつくろうと話していました。「精神の独立」など何項目かの党則をつくったりしていましたが、間もなく鴻兵衛さんが亡くなり、合田さんは倒産。夢と消えました。
合田さんはほとんど資料を焼いたのに、私といっしょに撮った写真を1枚残していました。髪の毛が房々していて、彼もはち切れんばかりの闘志を表現していました。共通の友人、大城金夫(おおしろかねお)さんがドイツから学位をもらたときの、おいわいの会でのスナップでした。大城さんも亡くなり、その1ヶ月後には奥さんがあとを追いました。まわりはつぎつぎと亡くなっていきます。人生の店閉(じま)いが続いています。
萩原多賀男(はぎわらたかお)さんが亡くなったとき、奥さんから「主人は病気のデパートでしたが、ついに店閉いになりました」とハガキがきました。店閉いはひっそりとするのがいいかもしれません。閉店セールなんてごめんですね。気がついたら閉まっているというのがよろしい。

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【2006/09/26 Tue 02:51 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
(9月19日号)「飛騨市のそばまつり」 
9月16日(土)17日(日)の2日間、富山−飛騨とまわってきました。富山で「売薬(ばいやく)さん」のことを取材し、飛騨市のそばまつりにコーディネーターとして参加しました。飛騨市は古川、神岡の2町と河合、宮川の2村が合併してできた市です。
ここの船坂勝美市長がそば打ちで、天皇・皇后両殿下がカミオカンデにこられたとき、岐阜県知事から「そば打ち市長です」と紹介されたのが自慢。将来天皇になるかもしれない悠仁さまのおじいさん、川嶋学習院大学教授にも自ら打ったそばを振舞ったことがあり「そばで地域起こしをしたい」と以前から考えていたようです。
今回は旧古川町のおまつり広場で開催されましたが、町でやるのははじめてです。この町は天領でもあり、江戸とのつながりが深かったところから「東京のおそば屋さんに出店してほしい」との希望でした。急な話でしたが、牛込神楽坂の「たかさご」さん、浅草駒形の「蕎上人」さんに行ってもらいました。両店とも古い商家の並らぶ通りの一角でそれぞれ開店。多数の人が行列をつくりました。素人の名人にもきてほしいとの希望があり、こちらはNHK学園のそば専攻の人たちにお願いしました。「たかさご」の宮沢佳穂(みやざわかほ)の生徒さんです。といってもみんな社会人で先生より年長もいますが。
初日は天気もよく、地元の3店を合わせ6店で3,000食を超えたそうです。「予想 以上」と市の担当者は喜んでいました。このまつりは23日(土)まで続きますが、週末には再び「たかさご」さんが打ってくれます。
市長は地そば、地どり、地酒といっています。3つの「地」で地域おこしをしたいということです。ここには飛騨牛もあります。歓迎パーティでは飛騨牛のしゃぶしゃぶ、飛騨牛ずしなどもご馳走になりました。
協賛のイベントとしてフォーラムをやりました。私が司会進行をして「そばによる地域おこしは可能か」の題でディスカッションしました。出席は板倉敏和さん、岩崎信也さんと市長。板倉さんは素人そば打ち名人で、北九州市助役のときは市民にそば打ちを教えていた人です。消防庁長官を6月にやめてのんびりとしてるはずが、長野県の知事が田中康夫さんから村井仁さんに交代し、急きょ副知事に引っ張り出されました。13日に県議会の承認を受けたあとであわただしい時期でしたがかけつけてくれました。岩崎さんはそば研究家で「蕎麦匠心得」など多くの著書があります。
そこで結論は?成功するためには、地元の住民がそば好きになること。地元の人がそばを愛してはじめて市外からも人がきてくれる。しかしこの市長の情熱には頭が下がりました。
9月28日(木)18:30京王プラザホテル43Fで日比谷一水会を発展させたNPO「知的ネット」の例会、ペマ・ギャルボさんの「幸せのブータン」へどうぞ。

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【2006/09/19 Tue 02:53 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
(9月12日号)「駅ストリートが本になる」 
「元気発信-JR駅ストリート」(四方洋著)が本になります。10月5日発売予定でKIOSKにもおいてくれることになりました。定価は880円、新書判でリベラルタイム出版社刊です。月刊誌の連載、今回は50回分が入りますので、4年ちょっとの作品です。
駅は年々変ぼうしています。ダイナミックな変化を追っています。9月には51回目、高円寺駅をとり上げています。駅名に寺がついているせいか付近には寺が多い。しかも花の寺。50回の中で上野だけは2回やっています。昭和レトロの駅が見事に刷新されています。逆に昭和を売ろうとしているのは北千住と青梅です。北千住かいわいには銭湯が残っていて、10ヶ所以上あります。銭湯めぐりが一つの売りです。青梅には映画看板を描く人が住んでいて、なつかしい看板が駅にもかかっています。
NPO「知的ねっと」が新しい理事を迎え、体制を整えました。このNPOは日比谷一水会の発展的な形と考えていますが、第1回は9月28日(木)18:30から京王プラザホテル43F「スターライト」で、テーマは「ブータンの幸せ」。講師はペマ・ギャルボさんです。軽食のパーティつきで会費6,000円。関心のあるかたはどうぞお出で下さい。第2回は10月26日 (木)で、政治評論家の角谷浩一(かくたにこういち)さん。第3回は11月16日で「白州次郎」の本で山本七平賞を受けた作家の北康利(きたやすとし)さん。京王プラザホテルを常会場としてつぎつぎとざん新なテーマをとりあげていきます。参加していただくのが会員の資格で会費などはありません。登録してもらったら案内を送ります。ただし共通項は知的好奇心、それだけ。「知的ねっと」という名前にはひっかかる人が多いようです。理事会でもその話題が出ました。自らかえりみると、知的というのに恥ずかしい思いがする、ということです。登録名は「知的な自分づくりネットワーク」といいます。これは簡単に変更できませんが、通称を変えようと考えています。いまの世の中、すべてがどんどん落ちていく中で精神を向上させたいという人の集まりにしたい。「心の貯えをふやそう」が合言葉です。
南房総市ネイチャースクールも、もちろん手抜きはしません。こちらはスタッフが経験を積み、分担して運営ができる体制ができています。超高層ビルの間の集まりと、里山や海辺の集まりと、両方うまくつながっていけば理想的です。

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【2006/09/12 Tue 02:54 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
(9月5日号)「安倍家の執念」 
安倍晋三さんは9月20日に総裁そして総理になるでしょう。安倍家の人たちは、こんなにすんなりいくものか、とホッペタをつねっているかもしれません。安倍家が政治を志したのは古く、信三さんにとってひいじいさんの世代です。晋三さんの父が晋太郎さん、その父が寛さんですが、寛さんの伯父が最初の県議で国会開設にともなって代議士を目指すのですが、その前に病死。寛さんは東条英機の翼賛選挙に抗して代議士になりますが、やっと民主主義になって普通の選挙が行われ、間もなく病死、晋太郎さんはつぎの総理といわれながら目前でガンのため死亡。三代にわたって宿願を果たせず病死しています。晋三さんが総理になれば山口県から8人目です。
安倍家の先祖は平家とともに西に向かい、壇の浦で平家が滅亡したため下関近くの草深い村に住みついたといわれています。晋三さんの晋は高杉晋作からとったものです。母親のおじいさんは岸信介ですから、政治力を受けついでいるのでしょう。晋三さんで感じるのはネットワークの広さです。マスコミや文化人などにひろいですね。ある知人が海外勤務 から戻ってきたときに「おめでとう」といって最初の電話を寄こしたのが晋三さんだったといいます。知人は労組の連合組織の幹部でしたが、忙しいなかで気配りできる人のようです。こういうネットワークが待望論を生み出したのでしょうね。政治家にとって人脈は力です。議員からさらに外へ広げられる人がこれから求められるのでしょうね。晋三さんが自宅のパーティに政治家以外をよびたがるというのもよくわかります。
ネイチャースクール「実りの和田学」は9月16日(土)〜17日(日)1泊2日ですが、今度は舞台を富浦まで広げ、アジ釣りの時間を設けました。釣ったアジは料理して食べることになっています。先日、新南房総市の宇山交流事業課長、渡邉課長補佐、平川さんに東京へ来ていただいて話し合いをしました。新市になっても都市と農山漁村の交流事業は続けていくとのこと、力強い言葉をもらいました。市内には7つの「道の駅」があります。旧町村では和田を除いて1つずつ配置されている計算です。この駅を通じて都市住民にPRができるのではないか、NPOでも新しい事業を考えたいと思っています。

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【2006/09/05 Tue 02:56 】 | 四方洋のコラム | comment(0) | trackback(0) |
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