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押し詰まってきました。ことし最後のコラムです。年を重ねるにつれて正月を迎える気持は複雑です。子どものころの「あといくつ寝るとお正月…」はもとよりありませんが、「冥土への一里塚」といった気分でもありません。一通過点としての淡々と迎えるのが正直なところでしょう。現役のときと変わったのは年末年始を予定なくゆっくりできることです。手帳が真っ白で、うれしくも豊かな気分です。柳沢紀夫さんは小生を紹介するときに「手帳を真っ黒にしている男」といいましたが、現役のときはそれもよし、真っ黒から真っ白へ、切り替えていくのがうまい年のとり方かもしれません。
洋泉社新書の「新・代表的日本人」は、中江丑吉をとり上げています。中江兆民の息子で、中国に住み中国を勉強した学者ですが、中江の言葉に「無師無職無統無名」があります。この人は的確に「日本は負ける」と予言し、敗戦を見ずに亡くなりました。中国から敗戦を警告し続けた愛国者でしたが、日本で耳を貸す人はいませんでした。 「硫黄島からの手紙」ほど考えさせられる映画はありませんでした。栗林中将が部下に「アメリカは何台自動車をつくっているか知っているか」とたずねるシーンがあります。「500万台」と教えて、言外にそんな工業大国と戦争して勝てるか?と問いかけたのです。栗林も、山本五十六も負けるのを確信しながら、戦いに身を投じました。 中江のように上海から日本を眺め、客観的に日本を日本を見れなかった。戦争不可避の状況に追いこまれたとき栗林・山本か、中江か。中江の言葉に「歴史はヒューマンな方向に発展する」とあります。現代においては良心的参戦拒否を貫くことこそが男らしさでしょう。いまにも核装備すべしという人いますが、これは中江でもなく、五十六でもない。日本は愚直に「ヒューマンな方向」に合っているかどうか、自問しながら進むほかない。その道が正しいと信じて新しい年を迎えます。 「フラガール」を見ました。これも書くことの盛り沢山の映画でした。昭和40年、いとしい時間が映画の中で流れていきました。大きな産業転換の中で夢を見た女性たちの話です。常磐から夕張へ、絶望とわかりながら父と幼い弟妹たちと移住していく女性がつぶやくシーンがあります。「夢を見ることができた。ありがとう」といって小型トラックに乗って炭住街を去っていく。監督は在日三世の李相日(そうじつ)さんですが、日本人の琴線へのふれ方をよく知っている人です。「三丁目の夕日」と同じくらいに泣かされました。 NPO「知的ねっと」の新年会は1月25日(木)18:30から京王プラザホテル42F「つくい」で、ネイチャースクール「花嫁街道」ハイキングは2月3日(土)〜4日(日)です。ご参加をお待ちしています。どうぞよいお年を! |
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【2008/03/18 06:50】| | #[ 編集] |
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【2008/03/20 12:01】| | #[ 編集] |
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【2008/03/23 05:56】| | #[ 編集] |
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【2008/03/26 08:04】| | #[ 編集] |
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【2008/04/16 00:51】| | #[ 編集] |
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